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2006年11月30日 (木)

教育体質の改善を図れ

 政党・報道機関各位        2006.11.6 投稿
  教育体質の改善を図れ               寸胴

今、教育基本法改訂の論議が行われているが、ちょっと待ってほしい。現行「教育基本法」の目的は何なのか。
この国に暮らす全ての人に生涯にわたって教育を受ける「権利」を保証し、国がその機会を提供する責務を負う、その範囲を規定している法律ではないのだろうか。11条からなる現行法を是非読み直して貰いたい。幼児・児童・生徒・学生のためだけの法律ではない。生涯にわたる教育の目的が「人格の完成」である。

本当に古くて色あせているだろうか。また、現在の「改訂案」が学校の諸問題、即ち、いじめ・不登校・差別、教職員の自殺や病気、不祥事などの諸問題を低減・改善する道しるべになるのだろうか。
私には全くその道筋が見えない。「改正」どころか権力に洗脳の根拠を与えるものでしかない。

教育に於ける学校教育の役割が重要であることに異論はない。しかし、その内容を規定しているのは「学校教育法」や「教育指導要領」であって基本法の役目ではない。

改善には透明な体質がまず必要である。昔からよく言うではないか「怒らないから言ってごらん」。
問題とは芽を摘んだり潰したりするものではなく提起するものである。

例えば「複数担任制」は検討に値しないだろうか。1クラスに2人の担任を置き、休み時間もどちらか1人は教室にいる。授業は必ず2人が教室にいて、一人が教壇、もう一人は後ろから授業の技を盗みつつ子供を観察。時には補足や困っている子供の世話役。いきなり全学年は無理だから、まずは小学1年生から、6・3・3を毎年1~2学年ずつで10年計画である。先生も相互に教育を受けられて啓発される。少人数学級制も提唱されているが先生の負荷は余り減らないし、問題を一人で抱え込む体質から脱却できない。個人の多様性を学ぶ機会も減ってしまう。

また、子供に教育の機会を与える義務を負う親にも、もっと協力を求めるべきだ。毎日交代で一日じゅう学校生活に参画する。親も現場を直視すれば問題提起できる。40人学級で80人の親がいるとして1学期に1回あるかどうかだ。

職員も増やし、先生の余計な負荷を軽減する。まじめで良い先生から過労死が始まっている。悪循環を断ち切れ。モチベーション無くして成長無し。生徒も先生も親も一緒である。誰もが楽しい学校を目指せばスパイラルアップが生まれる。校長の責任で各校が具体的な『あるべき我が校』の姿を描き、ヒト・モノ・カネを要求するのが筋だ。

更に、高校では必修科目の時間数を大幅に削減し、6時限目は選択で各科目の「特論」を履修させる。特論Aは復習中心、特論Bは得意科目を発展させる内容。

また、道徳や倫理を廃し、小学校で「約束・きまり」、中学で「条例・法律」、高校で「法令・条約」を必修科目に加え、約束から条約までの成り立ちと目的を理解させる科目とする。高校では「哲学」や「心理学」があると尚よろしい。そうすれば『法律以前の心の問題』などと、ふざけたことを言う人間は減るだろう。

「教育体質の改善」が急務である。文部科学省を筆頭に各層での隠そう体質・事無かれ体質の病巣が症状をむき出しにしている。問題が表面化した今が絶好の契機だ。大胆な治療が必要だ。

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