2007年5月 3日 (木)

ならば算数教育も国語教育も全部やめるべきだ

 中央教育審議会会長山崎正和が発言した。個人的な見解だが『現在の道徳教育もいらないと思う』『歴史教育もやめるべきだ』

 前者の道徳教育不要論には八割方賛成である。
寸胴も過去に、
『教育体質の改善を図れ』 l (2006.11.30)
『教育基本法に自信があるなら解散総選挙を』 (2006.12.15)
『だから「道徳」は廃止しよう』 (2007.4.26)
などで、自身が受けてきた学校教育と現行の「道徳」科目や「倫理社会」科目の限界と弊害について記した。

 しかし、単に廃止してその分の時間を他の教科、特に算数・数学や国語に割り振るのなら反対する。自分の在任中に『学力テスト』の平均が上がって、諸外国との比較で優位になることが目的なのかと、勘ぐりたくなる。いったい教育の顧客は誰なのか?

 更に『歴史教育もやめるべきだ』というなら
現在の算数教育もいらない と思う。算数は教科で教えることではなくて、教師が身をもって教えること。親も含めて大人が教えることだ。勤労と買い物をしないで金銭勘定が身に付くか!」
現在の国語教育もいらない と思う。国語は教科で教えることではなくて、教師が身をもって教えること。親も含めて大人が教えることだ。教科書用の子供だましの死んだことばは意味がない!」
現在の理科教育もいらない と思う。理科は教科で教えることではなくて、教師が身をもって教えること。親も含めて大人が教えることだ。元素記号(原子記号じゃないよ)を知らなくても生活にこまらん!」
現在の…
すべて要らないことになる。

 そんなことだから、安呆倍三のご都合主義で集められた御用学者集団『教育再生会議』なるものにバカにされ、蚊帳の外に置かれてしまうのだ。

 その一方で、実生活では使うことのない英語(正確にはアメリカ合州国語)を小学生にまで強要しようとしている。いや、もう始まっている。アメリカの植民地政策に迎合しているとしか考えられない。

 今の児童・生徒が何をどの様に悩み、苦しんでいるのかを切実に感じている人に会長のイスを渡して、ご自身は勇退されては如何か。

続きを読む "ならば算数教育も国語教育も全部やめるべきだ"

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年2月 6日 (火)

『せいては事を仕損じる』誰が気付くか毒薬処方

 自分の人権意識や歴史認識が歪んでいる事には聞く耳持たずに、仮死状態との診断書をでっち上げて、毒薬作りを公然と指示する。治験もヘッタクレもない。我に間違いはない。善悪・美醜の基準は我にあり。生めよ増やせよ富国強兵、必要なのは従順な愚衆だけ。ほかのは粗悪・欠陥部品だ切除せよ、排除せよ。我が診断・処方は断じて間違いはないのだ。早く新薬、持ってこい。

 いったい誰がこんなヤカラに診断書を書かせる権限を与えたのだ。え?誰も与えてない?勝手にやってるだけ? それでも新薬開発は門外漢でしょうに。越権行為はイカンよインフォームド・コンセントって知ってるかな? カタカナ言葉大好きみたいだけど、知らんのだろうなぁ

 再生再生って、一番よかったときがいつで、崩壊とする基準が何で、崩壊率・崩壊度がどの位か、具体的数値は知らされてないわ。学力テストの点数?設問がはちゃめちゃなのは有名よ。学級崩壊の例を幾つか挙げて「全てが崩壊している」とすり替えていることに乗客みんな気づいてるのよ。運転手さん。

 こんな運転手をまっさきに懲戒免職・免許剥奪して再教育しないで誰のクビ切るの?運転手じゃなくて管制官だって?官製寒の間違いでしょう。もっと始末におえない。愚衆が愚痴ってもロバの耳には届かない。お医者さん、薬剤師さん、弁護士さん、校長はじめ教職員ほか先生方、公務員の方、ブログをお持ちの方々、報道機関の方々、そして良識ある、聞く耳を持つ代議士の先生方、どうぞこの暴走列島にブレーキかけてください(●●●)|

 改正教育基本法の魔の手が忍び寄っている。不祥事はカネと謝罪で再チャレンジしますって?法定速度が60キロだからって、生活道での無謀運転はいかんのよ。自分だけは大丈夫、と安全速度義務違反や一時停止無視しちゃだめ。乗客が乗り物酔いする運転もプロとしては失格。パンクしたタイヤはまず取り替えてよ。修理はそのあと。修理不能のパンクもあるのよ。

 飛行機・船・電車・バス・タクシーなら「乗らない選択」もあり得るけど、今の世界で「国」には強制的に乗せられているのだから無自覚無謀運転手を誰か止めて!!もう胃液さえ出尽くした。。。

   ネタ記事は こちらこちら です。一応 ↓ に乗せます。

続きを読む "『せいては事を仕損じる』誰が気付くか毒薬処方"

| | コメント (2) | トラックバック (12)

2007年1月30日 (火)

いじめられている人とご家族の方、先生への手紙

いじめられている人へ
 自信なんか持たなくていい。がんばらなくていい。がまんしなくていい。根性なんかなくていい。ゆうきなんかなくていい。いじめっ子が幸福か不幸かはあなたに関係ないこと。
 まずはとにかく、避難(ひなん)してください。にげてください。
 学校にいるときなら保健室へ。保健の先生に話をしてみてください。ゆっくりと。つぎの日、教室に入るのがこわかったら、また保健室へ行ってください。

ご家族の方・先生へ
 まず、お子さんを信頼してください。お子さんのつらさを共有してください。根ほり葉ほり、詰問(きつもん)するのは後でもできます。そっと抱き寄せて、感じてください。
 励ましたり、激励したり、「だいじょうぶ?」「元気出して」と言わないでください。心配な顔をしないで暖かく受け入れてください。
 学校に相談するのも抗議しに行くのではありません。
 クラスで、時間をかけて話し合ってください。犯人探しではなく、どうすればみんなが心地よいクラスを作っていけるかを。

その、やわらかな心を大切にしてください。

投稿 寸胴 | 2007/01/29 23:19:19

さきほど、 こちら  へコメントしました。元記事を否定するようなコメントなので削除かなぁ

| | コメント (8) | トラックバック (15)

2007年1月29日 (月)

重要な視点が抜けている「給食費滞納問題」~社説批判~

 公立学校での給食費滞納が社会問題となっているらしい。毎日新聞が、1月26付け社説で論じている。
しかし、重要な視点が抜けていないか? 記事は滞納理由を【学校の認識だと】で片づけている。その裏付け取材はしていないのだろうか。これでは大本営発表と大差ない。

その、学校の認識だと滞納の理由は
  保護者の責任感や規範意識 60%
  経済的理由 33%
  (引き算で)その他 7%

と、ある。そして、保護者の意識=【明らかに支障はないのに踏み倒し同然に滞納を続け、請求に対し居直ったりする保護者】と決めつける。取材の裏付けがあるのか、伝聞による推測なのか、明確にしてほしい

 たしかに、子が、他の子と同様に給食を食べているにもかかわらず、納入の督促をするとその場限りのような言い訳を繰り返したり、居直って怒鳴り出す親もいるだろう。しかし、1%×60%=全体の0.6% の多数がそうである確証はない。たまたま1~2ヶ月振込を忘れた場合も含まれているのではないか(奨励・是認するつもりはないが)。督促する方も、電話・口頭で済ましてはいないか。それは事なかれ主義だ。失礼のない書き方で文書で督促するだけでも、効果はあるはずだ。雛形一つ、作っておけばよい。

 一方、学校判断の「偏食」が体罰になっていないだろうか。私は殆どの食べ物が好きだが、学校給食でどうしても食べられなかった事が1度だけある。その時は、給食後の休み時間と、掃除の時間が終わるまで「その」食べ物とにらめっこしていた。掃除が終わる頃、ようやく先生が『残していいよ』と言ってくれた。私には残すという概念がなかったのだ。今でも覚えている。もう30年以上前だが…。マズイものはマズイのだ。

 オトナが偏食と決めつける、嫌いな食べ物・食べられない食べ物もその本人の自然な防御反応であることをオトナは知るべきだ。昔からハンバーグやカレーに細かくして入れたりする工夫はある。

 しかし、細かく混ぜ込む工夫を「してはならない」場合を忘れてはならない。食物アレルギーだ。
当たり前だが、本人の意志とは関係なく、アレルギー反応は起こる。食べなくても、触れただけで危険な場合もある。その場合、毎日弁当を持たせる事が多い様だが、その場合も『平等』に給食費を徴収していないだろうか。決まりだから、と督促されて多くの人が要らぬ負担を強いられていないだろうか。

 いわゆる公式発表を鵜呑みにして、同じ観点だけからしか論じないのは大衆報道として失格だ。誰かが言っている「規範意識の低下」にお墨付きを与える社説に危機感を覚える。

続きを読む "重要な視点が抜けている「給食費滞納問題」~社説批判~"

| | コメント (0) | トラックバック (5)

2007年1月11日 (木)

避ける努力と逃げる勇気

「私は政治のことなんかなーんにもわからない人間です。何が『美しい国』やら知らないし、安倍政権の安倍の字だって間違える。でも、ここ数年の間に日本は随分勇ましい国になったとは思います。国策だの愛国心だの、そんな言葉が軽く使われるようになった。あっという間にね。だから、あんな『非国民』の歌も歌った方がいいのかなと」 と、加川良(1947- )は語る。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20070110/mng_____tokuho__000.shtml
私たちの「美しい国へ」<7> 非国民の精神 ■フォークシンガー加川良氏 

高石ともや、岡林信康らが「反戦のために戦おう」と呼びかけるのに対し、彼は「尻込みしなさい、逃げなさい、隠れなさい」と歌った。1970年の事である。それから三十余年、今も歌い続ける。

時は戦国時代、武将達は何度となく戦を仕掛けた。今で言う民兵として農村からも兵が出た。みな、お里のために戦った。名将であるか否かは「引き際」をわきまえているかどうかだと、私は思う。更に、争い・戦を避ける努力をできるかどうかも重要だ。

敗戦後、日本は「永久に武力による紛争解決はしない」「武力による威嚇はしない」と世界に宣言した。その後、戦勝国であり、侵略威嚇強大アメリカの意のまま、永久の誓いを墓地に葬り、覆い土をしてきた。

相撲は「国技」とされている。裸で一対一で対戦する。これは武器を隠し持っていない事を互いに示し、持てる力と技の限りを尽くして戦う、そんな精神によるものと聞く。昔は相撲で集落同士の諍いに決着を付ける事もあったという。男尊女卑や生理学的に無理して体を作るなどの弊害は別にして、『武器を持たない』という精神は大切にしたい。
これぞニホンの心だ(相撲と類似した競技が他国にもあることは重々承知している)。

戦うことが、カッコイイんじゃない。迷彩服は格好悪い。軍服は威圧的だ。足並み揃えての行進は寒気がする。
『重大な決定・決断はできるだけ後回しにする』のも自尊心を傷つけられるかも知れないが重要な知恵だ。
戦わないことがカッコイイんだ。毅然として戦わない。それが強い心だ。逃げる勇気、避ける勇気、不安に胸を張る勇気。胸を張らなくてもいい。不安・心配を周りの人にうち明ける勇気。それに気づき受け入れる感受性。

戦争を怖いからと逃げる勇気。小さな声でも訴え続けたい。

(ご感想コメントお待ちしてます。尚、元記事全文引用は今回はしません。リンク先をご覧下さい。また、本ブログを二次利用なさった場合はご一報下さるとうれしいです。)

| | コメント (0) | トラックバック (13)

2007年1月 4日 (木)

教育革命元年~国家による統制に服従を~

政府と教育「再生」会議の目論見が少しずつ形になってきた。
 1.社会人教員(免許非取得)の増員 50人/年-10年→500人/年 (全国)
 2.不適格教員の排除徹底
 3.塾の禁止
 4.いじめ問題の責任転嫁 → 「社会総がかり」で取り組む必要がある(政策の責任ではない)

 民間企業での社会経験者を教職員に採用すること自体は賛成だ。しかし、優秀な人材を確保するためには相当の対価が必要なことを忘れてはならない。また、例えば短大卒なら2年、大卒なら1年の実務経験と、校長推薦で教員免許を付与するなども必要だ。さらに、現職の教員にも他科目の免許を業務として取得できる様な制度も考えられる。
 学問の進化過程を考えると、「宗教・哲学」に始まり、哲学が自然哲学人文哲学に分化した。その後に自然科学人文科学に発展し、それぞれが細分化して現在の学問体系が形成されてきた。しかし、この数十年で「学際的分野」が重要視され学問体系の再編成が進んでいる。例えばコンピュータのプログラム「言語」は数学系の人が得意とされているが、実は「論理思考」と「例外予知能力」が重要だ。情緒や感情論のみを得意とする「古典的言語学者」には手も足も出ない。
 学校教育課程にもそれが影響しており、専門科目にとらわれない「総合学習」や「情報科」などが設けられてきた。しかし、学習の目的が発散していることが多いようだ。科目の新設時に十分な準備がなされたか、今こそ検証すべきだろう。また、大学の教員養成課程や新任者への教育体制が時代の変化に適応しているかも問われなければならない。

 これらの検証なしに「不適格教員の排除徹底」はできないはずだ。そもそも「不適格教員」と烙印を押せるのは誰なのか。教員として採用した以上、その個人の適性を見極め、必要な教育の機会を与えるのは採用した側の義務である。真面目でやる気のある新人を雑務で忙殺し、壁に当たったら蹴落とす、そして心身を壊して辞めてゆく。自分に絶望し「自殺」する。なぜ「生き甲斐のある職場としての学校」を作ろうとしないのか。私は不思議だ。社会人枠の確保が目的だとしたら、本末転倒だ。現状で「生き生きと」働いている優秀な人材が応募するはずがない。

 更に「塾の禁止」も、塾で生き生きと働く先生の職を奪い、学校で安価に雇い入れるためかと考えたくなる。
教育再生会議の野依座長は
「塾はできない子が行くためには必要だが、普通以上の子どもは禁止にすべきだ」
「我々は塾に行かずにやってきた。塾の商業政策に乗っているのではないか」 (以上、日経12/24 7:00)
と、強行に主張している。
 教育は社会が未来のために行う「投資」という側面を持つ。大学附属小→天下の灘中高→京大という経歴を持つ野依氏にとっての「我々」「普通」はレベルが非常に高いのだろう。庶民は食費を削ってでも塾に通わせているのに。戦後の「前半」に小中学校に通っていた私は塾通いをしていた。教科別・習熟度別にクラス分けされていて、授業内容もよく工夫されていたためか、学校よりおもしろかった。しかし、当時の先生は塾通いにいい顔をしてくれなかった。今も先生の意識は変わっていないのだろうか。
 この「野依発言」については、
http://supplementary.at.webry.info/200612/article_5.html
論理破綻し、滅茶苦茶な野依良治座長の発言   作成日時:2006/12/24 15:38
でも論じられている。参考にされたし。

 最後に「いじめ問題」。『「社会総がかり」で取り組む必要がある』イコール『政策の責任ではない』と責任転嫁してしている。過去に私は「栃木の食品卸売会社新入社員自殺労災認定に寄せて」で次のように述べた。

文部科学省は「いじめ」の要件として次の3項目を同時に満たすことを要求している。

(1)自分より『弱い者』に対して『一方的に』
(2)身体的・心理的な攻撃を『継続的に』加え
(3)相手が『深刻な』苦痛を感じている        (『』付けは寸胴)

あくまで「いじめる側の視点」だ。この定義によるといじめた側は「自分は強くない」「一方的じゃない」「継続的じゃない」「深刻じゃない」いずれか一つを証明できれば無罪放免となる。逆にいじめられた側はこれら全てを立証しなければならない。なにかおかしくないか?
いじめられる側はそれを「いじめ」とも思わず「身体的心理的な苦痛」を感じ、自分を叱責し、時に死を選ぶ。

自殺した子供の御両親が、学校の先生に罵声を浴びせるかの如く悲しみ苦しみを訴える姿は見るに忍びない。学校側は責任を認めたくないのか謝罪せず唯々うなだれてそれを聞く。親としては誰よりも先に我が子の異変に気づき、守ってやりたかった、そんな悔しさもあるだろう。しかし、信頼していた学校に裏切られた苦悩は計り知れない。学校がご遺族や他の被害者の立場であらゆる要因を調査・公表し、どうやって信頼回復を図ってゆくのか、具体的に計画し、進捗を報告して行くことが必要と思う。校長や一教師をクビにしても問題解決にはならない。

 学校に限らず大人社会でも意見の衝突、見解の相違、弱者への迫害などはある。色々な技術の進歩で便利になった気がするが、道具に使われて「気持ちのゆとり」が失われてきた。健康な人は世の中全ての人が同じ程度に健康だと錯覚する。「それがフツウでしょ」と。車を運転するときバイクや自転車、歩行者は邪魔者扱いだ。トラック・ダンプからしたら軽自動車など虫けら同然。シニアカーや車椅子で歩道を行こうにも幅が狭く段差がきつい上、電信柱や自転車で走りにくい。でも先を急ぐ歩行者には邪険にされる。

 学校ではまず「子供だけにしない」事が急務だ。そのために「複数担任制」を来年度から実施してほしい。休み時間、放課後も子供が学校内にいる間は誰かが目の届くところにいる。いつでも相談にのってあげられる。それくらいの「気持ちのゆとり」教育が求められているのではないか。児童・生徒に上っ面の「ゆとり」を与えようとしてみたが、滑ってこけた。しかし「良かった点」も見つけてほしい。ゆとり教育が「失敗政策」としても、その『失敗』から学ぶべきものは多いはずだ。元に戻せと懐古的発想に陥る愚だけは避けなければならない。

We shall overcome.............some day...................

以下、「続き」に参考URL

続きを読む "教育革命元年~国家による統制に服従を~"

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2006年12月25日 (月)

洗脳準備一歩前進~新しい戦前へ~

作った人の顔が見えないまま「改正教育基本法」が成立し、「防衛省」法案も成立した。『新戦争4法案』の残り2つ「改憲国民投票」「共謀罪」は継続審議となったが、次期通常国会で早期に通過が懸念され、予断を許さない状態が続く。

「上意下達を拝領せよ」「滅私奉公」「太いものには巻かれよ」「年長者の意見には服従せよ」「代議員過半数の意見が全体の意志」「公権力は間違わない」「黙って俺に付いてこい」…… これらが美しき伝統だ。文句のある奴は出て行け。勘当だ。勿論「家長に反抗するなど以ての外」

「権利」から「義務」へ、「国の責任」を「個人の責任」へ、「個人の成果は国のもの」。一度誉めりゃ後は自己責任、自業自得と心得よ。

「大東亜共栄圏だけでなく全世界の平和のため、反体制・反米勢力の殲滅に尽力できる軍隊」を指揮下に持つ防衛省昇格も決まった。民主党も賛成して、である。最高顧問とやらは教育基本法は「対案路線を崩したことが敗因」と考えているようだがお門違いも甚だしい。心情としては将来権力を握ったときに疲弊した愚衆を操作したい気持ちがあるのかも知れない。しかし、仮に自公過半数割れの際には、野党共闘による政権奪取ではなく、「自・民」政権構想を描いているのではないか、そんな憶測が生まれてくる。かつての社会党が凋落したことを忘れて。

記事は、読売2件/ゲンダイ/東京/朝日/読売(解説)/毎日(解説)/朝日(解説)(抗議行動)(抗議声明)
社説 毎日/東京/北海道/沖縄タイムス(2日分)/琉球新報/朝日/読売/産経  計19本

教育基本法与党案成立と公布・施行を伝える記事、そして社説9本。
読売の記事では民主党「最高顧問」の談話が伝えられている。党首が代わった時点で全ての「対案」を撤回し、与党に対抗でき、他の野党にも賛同される「野党案」を策定していれば、流れは変わったかも知れない。

ゲンダイは相変わらずの毒舌。『来年、日本は世界の中で孤立する』この予測は残念なことに的中するだろう。
『今後の教育改革こそが改正成否のかぎとなりそうだ』(毎日)
『来年の通常国会以降、多くの関連法や制度の見直しが本格化する』(朝日)

以下、数紙の社説を見てみよう。多くの新聞が法案成立を警戒・反対の論調だ。ただ2紙だけは「歓迎」で、「左派勢力の反対」「一部マスコミなどの杞憂」が主張されている。反対意見をこれらの「暴言」で封じ込めようとする意図が感じられ、私は不快に思う。特に校長会や教職員の組合などの各種教育団体、学会、世論調査では少なくとも慎重審議を求める声が多かった。「一部」や「左派」とレッテルを貼るにしてはあまりにも大きな「一部」ではなかったか。

全土玉砕寸前の犠牲を払って手に入れた貴重な財産を「古ぼけた」から、負け戦の恥と共に忘れよう!世界の戦争はなくならないから、世界平和に参戦できる「新しい戦前」の時代だ。成長を続けるためには軍需景気が良かったし、兵隊さんも沢山要るから産めよ増やせよ、新富国強兵だ。お国のためなら命差し出してくれなきゃ困るよ。教員は生徒に「考える」暇を与えちゃダメよ。教科書通りに、教えられたとおりに率先垂範しなきゃ。「ガクリョク」下がってるんだからもっともっと詰め込むのよ。学問は苦しいものだから、とにかく暗記。繰り返し「暗唱」して。国の偶章へは直立不動の姿勢が大切。ふらついた回数をしっかりチェックして通信簿に載せること。規律ある式典は軍隊式号令「キョウツケ!」「マエナラエ!」「ケイレイ!」も欠かせないわ。「態度」を評価しなきゃならないんだもの。それが「美しい」のよ。「個性」はいらない。死語辞典に載せなきゃ。

だれもそんなことを理性では考えていない、かも知れない。しかし、本能・感情が世の中を支配してきている現在、杞憂であってほしいと祈らざるを得ない。何に祈ろうか。。。

地球が、そして太陽が崩壊する時まで、人間は生きながらえているのだろうか。

We shall overcome........some day......

続きを読む "洗脳準備一歩前進~新しい戦前へ~"

| | コメント (0) | トラックバック (9)

2006年12月17日 (日)

教育基本法再改正への準備を始めよう

 声明
2006年12月15日(金) 教育基本法与党(自民党・公明党)案が参院特別委員会強行採決・参院本会議で賛成多数により可決された。本案に反対を唱えてきた(短い期間ですが)当委員会としては遺憾の意を表明し、賛成議員並びに内閣への批判言動を今後も継続し、世論に訴え、しかる後に現行教育基本法の理念を継承、発展させた次なる教育基本法を制定するべく言論活動を継続する事を宣言する。また、教育基本法は理念法であり、政府は今後、下位法・政令・指針・要領等をこれに基づき新設・改訂する事により法的実効力を発揮させると思われる。この声明に賛同いただける心ある方々に置かれては、新法・新制度等においてに「改正教育基本法」が内閣・与党・行政・地方自治体に悪用されることがなきよう、重大な関心を持ち続けられることを希望する。また、本案が可決された経緯は歴史に重大な禍根を残すものであり、断じて容認できない今後行われるあらゆる選挙において、今回の世論を無視した「成果」を法案賛成者に直接、知らしめる事を併せて希望する
戦いの火蓋は切られた。独裁国家指導者から我が身と心を守り、成長してゆく自己の責任はより重くなった。これを読まれた方が今まで以上に、為政者を監視し、自らの良心に従い積極的な言動をとってゆく事を期待して声明とする。
                                          報道基本法制定委員会  寸胴

 とにかく怒りとやるせなさで重たい気持ちだ。特に民主党!陰で本命の「防衛省」に賛成、「共謀罪」「改憲国民投票法案」ほぼ賛成、で居ながら『与野党徹底対決』『野党共闘』とはどういうことだ。地方選・補選を含めたあらゆる選挙で対立軸を出すはずではなかったか。与党案とさして変わらぬ対案では有権者の賛同は得られないことがまだ分からないのか。与党内の分裂を期待した戦略だったのかも知れないが、見事に惨敗した。いつまで迷走を続ける気だ。野党のリーダーシップをとり、他の野党と共同で「次の内閣」を編成し直してほしい。
 社民党、共産党も情けない。守らなければならないことも分かる。しかし時代は確実に変化している。良きにせよ悪きにせよ変化している。反対連呼超保守党、聞く耳持たず己が正義だアカ党のイメージを払拭して、庶民が期待と希望を持てるように、「今」何をすべきか、立法府の一端に居る間に考えてほしい

今日はニュースを見る気にならないので、他のブログへのコメントとメールニュースらか一件を紹介する。

続きを読む "教育基本法再改正への準備を始めよう"

| | コメント (2) | トラックバック (21)

2006年12月15日 (金)

教育基本法に自信があるなら解散総選挙を

与党及び教育基本法自民党案を支持する方々へ
「機は熟した」「国民の理解が得られた」と自信があるなら、解散総選挙で確認されたら如何か
参院特別委員会では総括質疑も行わず、首相も欠席の中、強行採決された。やらせタウンミーティングで「民意偽装」「反対意見封じ・抹殺」も明らかになった。これについては別記事にするつもりだが当時の官房長官、現首相はタウンミーティングに要した費用+出席者への賃金を弁償した上で『辞任』すべきだ。タウンミーティング自体をやり直さないと筋が通らない。地方公聴会・中央公聴会で反対・慎重論が続出したがそれに対する反論もなされていない。審議中、国会前は「成立反対」を叫ぶ多くの人で埋め尽くされるだろう。
 それでもなお最重要課題として議論を尽くし、国民の合意形成が得られたと自信があるなら、解散総選挙で民意を問わなければならない。「郵政解散」で成功したではないか。そのおこぼれで強行成立させては未来に禍根を残す。
教育基本法改正案:参院特別委で可決 野党は内閣不信任案】(毎日)
教育基本法案成立へ、59年ぶり改正】(読売)
教育基本法改正案、参院委で可決 野党は不信任案提出へ】(朝日)
中央3紙の見出しは上記の通りだ。読売が見出しで「既成事実」的表現を用いることに、私は抵抗感を感じる。また、朝日が防衛「省」法案を最後に一行、ついでのように記しているのもおかしい。
 教職員の組合が強行採決に対する反対声明を出した。
参議院での教育基本法「政府法案」の強行採決に対する抗議声明】(日本教職員組合)
『私たちは、「政府法案」の強行採決に断固抗議するとともに、参議院本会議で可決・成立させるという暴挙を避け、直ちに審議をやり直すよう強く求める』
政府、与党による教育基本法改悪法案の委員会採決に強く抗議する】(全日本教職員組合)
『参議院議長が教育基本法改悪のための本会議開催をおこなうことのないよう強く要請するものです』

組織率1位と2位の教職員の組合が緊急声明を出しているのだ。現場の教職員が希望を抱けない法律で、どうやって子供に夢と希望を「教育」しろというのだ。答えてほしい

以下、関連事項として、
いじめ自殺:中2女子の両親に修正報告なし 埼玉】(毎日)
教育基本法改正:参院特別委が中央公聴会開催】(毎日)
都教委:未履修科目の受験対策振り替えを容認 補習求めず】(毎日)
社説:履修偽装 白を黒と言いくるめるな】(毎日)
教員意識調査:会社員以上に、仕事に満足感と多忙感】(毎日)
と、毎日の記事が並んでしまった。
 いじめ問題がいまだ隠蔽体質である査証、中央公聴会、東京都立校の「履修偽装=未履修」問題。都は受験のため内容が重複する科目に振り替えた、と説明するが、筋が通らない。補習授業で苦しんでいる他道府県の生徒・親の不公平感を差し引いても違法行為だ。内容が重複しても別の角度から考える、繰り返し学習する事の大切さを無視している。都の生徒・先生から、その機会を奪っている。「受験」と「学習」を切り離して考える事にはあまり賛成できないが、現状の「きまり」は守らなければならない。「伝統・暗黙の了解」以前の「規則・法律」の問題だ。規則が実態と乖離しているなら、規則を変えるかやめるかを主張すべきだ。東京都だけが許される訳がない。
 現行教育基本法を守り、希求できなかった事を棚上げにして、懐古・復古主義となる教育基本法政府案に断固反対する。人間「楽あればこそ苦あり」だ。学びの楽しさを排して『苦行』のみを押しつけるな。唯一救いなのは教職員の意識に「やりがい」がまだ残っていることだ。しかし、残り僅かで殲滅するのは簡単だ。

続きを読む "教育基本法に自信があるなら解散総選挙を"

| | コメント (4) | トラックバック (6)

2006年12月12日 (火)

堂々巡りの教育「再生」そもそも崩壊してるのか

話が堂々巡りして各自の「主張」の言い合いに終始している。「議論」になっていない。
『教育再生』と言うがそもそも「崩壊」しているのか。いじめといじめによる自殺、不登校、収拾のつかない授業、未履修問題、教職員の過労・自殺、未成年者の犯罪、オトナの犯罪、治安の悪化など、学校に関する問題やそれ以外の社会問題は山積している。しかし、諸悪の根元「教育基本法」と現行教育基本法に全ての責任を押しつけている様では政治屋・有識者として「落第」だ。
散々無視、曲解された挙げ句に「崩壊している」と言いがかりを付けられている教育基本法が何とも可哀想だ。現行法に問題がないとは思わないが、「自民党案」「民主党案」ともに問題を拡大こそすれ、解決策にはならない。ならば「変えない」方がましだ

【新渡戸「武士道」人気 教育基本法改正・反対両派の論拠】(朝日)では改正派が論拠とする新渡戸稲造「武士道」の紹介と、改正派の矛盾点について論じている。是非ご一読願いたい。

次が日本教職員組合の請願デモについて。毎日新聞の記事と主催者ホームページより。
政府与党の長年に渡る「日教祖」「共産アカ党」バッシングには辟易しているが、報道機関の取り上げ方が小さすぎるように感じる。教職員とて労働者であり、人である。当たり前だ。しかし未だ楽職・高給職といった偏見が強い。節度を持った自由な発想で、創意工夫した教育にやりがいを感じる普通の「人」なのに。暗記偏重肥満体学習指導要領に縛られ、ただ時間の経過を待つけの授業で「興味を持ち、自ら調べて考える、創意工夫する」生徒が育つだろうか。
「長幼の序」もあれば「老いては子に従え」もある。
 http://buddha.exblog.jp/3625629/ 歳を重ねるだけで偉くなれるのか?
で、観学院称徳 さんが大変参考になる記事を書かれています。

日教組のホームページで【緊急に財政支出構造転換を 貧困拡大・固定化促す阻む教育施策急げ 公務労協シンポで佐藤学さん訴え 】の一文がある。表題だけ見ると佐藤学東京大学教授が『貧困拡大・固定化を更に促すような教育施策を急げ。もっと貧困拡大するのだ』と主張している様に読み取れる。

にっきょーそさーん、違うでしょーっ。もっと強烈な言葉の蹴り入れなきゃならないのに、取ってくださいと足差し出しちゃダメよ。まったく。もう。

悪法4案「教育基本法」「共謀罪」「防衛省」「改憲国民投票」どれも通過許すまじ。今週の駆け引きと延長国会、来期の国会、仮に法案成立後も反対の意思表明を続けましょうね。心ある有志の方へ。
参院選惨敗→首相引責辞任解散総選挙→野党共闘支持拡大 そのキーポイントが民主党。隠れ自民党親派(ちっとも隠れてないけど)・武力で強い国を目指したい人はとっとと隠居しましょうね。ミサイルは喰えないもんね。

(2006.12.14 日教組HPを確認したところ「促す」→「阻む」に訂正されていました。)

続きを読む "堂々巡りの教育「再生」そもそも崩壊してるのか"

| | コメント (1) | トラックバック (10)

2006年12月 7日 (木)

それでも変えるの?教育基本法

1件目は教育基本法改正反対集会、2件目が同法甲府地方公聴会の報道。いずれも毎日の記事。
甲府市の公聴会では
山梨学院大・黒沢惟昭教授
 「教育基本法の重要性に対する関心が十分ではない」
 「衆院のような与党単独採決はやめてほしい」
 「国家権力による不当介入も禁止事項に盛り込むべきだ」
早稲田大・喜多明人教授
 「教育改革は子どもの意見を反映しないと効果がない」
と改正反対・慎重論が続出したようだ。
公聴会では反対意見が突出している。それでも変えるの?教育基本法。

3件目は「教育基本法改正案は自民新憲法草案とも整合」文科相(朝日)。ご参考まで。

4件目は【いじめ:転校制を保護者8割知らず 文科省落ち度認める(毎日)】で文部科学省内での議論を伝えている。今までの「上意下達で仕事は終わり、確認せず」を内省せずに「怒りを禁じえない」のはいかがなものかと思う。

5件目は【指導要領、私学しばらぬ 東京私立中学高等学校協会長に聞く(朝日)】のインタビュー記事。
民間では当たり前の「顧客のニーズに柔軟に応える」事が、学校のことになると輝いて見える。少子化により生徒数確保競争は確実に激化する。私学ならではの特徴を競い、競存競栄を目指してほしい。補助金カットで行政の支配力を強めても柔軟性を失わせるだけだ。決して良い方向へは向かわない。

6件目【京都市:市立中3全クラスで30人学級導入--来年度(毎日新聞)】各界から要望が高かった少人数制がようやく広がり始めたようだ。個人的には少人数制より「複数担任制」を提唱しているが。

7,8件目はいずれも沖縄の社説。
【[いじめ解決勧告]危機意識乏しくないか(沖縄タイムス)】
 「態勢が不十分なのはこの学校に限らないはずだ。いじめは起こるとの前提で、学校は専門家の助言を得ながら危機意識をもって臨むべきだ。」
【いじめ・被害者の身になり指導を(琉球新報)】
 「学校現場でいじめが見つかれば、一刻たりとも放置してはならない。芽のうちに摘み取る体制を構築すべきだ。」
と、両方とも同じ事例を論じているが、認識に温度差があるようだ。いじめる側はいじめ意識が希薄なのが通例だ。

「あってはならないこと」と言うより「常にあること」と認識すべきと思う。この事例での教師・学校の対応はひどいと感じるが、再発防止はそう簡単ではない。「あってはならないこと」だから【いじめが卑劣な行為であることを全児童に粘り強く指導し、理解させる必要がある(琉球新報)】は一見正論だが、オトナが「いじめ行為」を理解できていないのだから、始末が悪い。より陰湿に隠れてゆく懸念が大きい。互いの個性を尊重し認め合い、助け合う、そんな機会をできるだけ沢山提供する事ができるといい。まずは周囲のオトナにそのゆとりが必要だと思う。

自己責任・強制・抑圧から生まれるものは恐怖と憎悪と敵意そして本能剥きだしの非理性的社会。そんな社会を後世に残したいですか。楽しいですか。与党諸君、官僚諸君。今一度各位の良心に問いたい。

続きを読む "それでも変えるの?教育基本法"

| | コメント (2) | トラックバック (6)

2006年12月 6日 (水)

安倍政権を暴走させている国会とマスコミの大罪~ゲンダイ~

相変わらずの毒舌だ。これを読んだ電車帰りのサラリーマンが、読んだだけで自己満足しないかがちょっと心配。
「教育基本法改正が最優先課題」「拉致問題が最重要問題」と連呼している間に共謀罪、防衛省法案などがろくに議論されずに成立してゆく。確実に『新しい戦前』に向けて歩は進められている。
当ブログではこれらの事に今後も反対表明を続ける。微力ながら。

http://gendai.net/?td=20061205
安倍政権を暴走させている国会とマスコミの大罪
 今週にも成立する教育基本法の改正案に、国民はハテ? とクビを傾げている。現行の基本法の中で時代にそぐわないくだりなど、ひとつもない。なのに、安倍首相の口から出てくる根拠らしい根拠は「時代の変化」というばかり。政権与党が「時代に合わない」と言うのは、今のシステムでは自分たちの都合のよい価値観の統制ができないからだろう。日の丸・君が代のお仕着せや、愛国心教育……民主主義の大原則を打ち破る“思想強制”の数々。大体、教育現場の荒廃を許してきた歴代自民党政権が、今になって「教育再生だ」と声高に騒いでいるのが、ちゃんちゃらオカシイ。ファッショ気質ムキ出しの安倍を許している野党もマスコミもどうかしている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 5日 (火)

教育基本法といじめ問題報道

 一件目は共同、二件目毎日が伝えた地方公聴会(新潟・神戸)の様子。批判や慎重論が目立った。
http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=MYZ&PG=STORY&NGID=poli&NWID=2006120401000161
2006年(平成18年)12月 4日 愛国心批判や改正に慎重論 教基法で地方公聴会
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/news/20061205k0000m010032000c.html
教育基本法改正案:地方公聴会で慎重論「改正理由がない」
【新潟会場】
新潟県女性財団・大島煦美子理事長
「心の状態を上から押しつけたり、法律で決めるのではなく、多様性を認める教育が大切だ」
「心の状態は押しつけるものではなく、身近な人を認める心をはぐくむべきだ」
県立白根高校・吉田裕史教諭
「『愛国心』は国民の意識の統合を図ろうとしている」
全国高等学校PTA連合会・藤井久丈会長
「2、30年に1回の見直しは必要だ」
【神戸会場】
兵庫県立高等学校PTA連合会・太田勝之副会長
「改正されても問題が解決しなければ、厳しく指導しようと細かい項目が増えるのではないか。改正には慎重であってほしい」
近畿大・土屋基規教授
「国の教育への介入に歯止めがなくなる恐れもある」
政府案の「教育は法律の定めるところにより行われる」は「国の教育への介入を招きかねない」
大阪府立箕面東高校・森本光展教諭
「社会の変化の中で現行法は時代にそぐわない」「政府案には外国籍児童への配慮が欠けている」

賛成的意見も趣旨は「古い、時代にそぐわない」で政府案に賛成するには説得力に欠ける。教育行政の瑕疵を現場に押しつけるだけであり、断じて容認できない。

 三、四件目は毎日いじめ対策「出席停止」問題。
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20061204k0000m040117000c.html
いじめ対策:加害側の出席停止、43都道府県で適用ゼロ
【文科省のいじめ対策が、現場実態と乖離(かいり)していたことが浮き彫りとなった】
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/news/20061204k0000m040120000c.html
いじめ対策:「抜けない宝刀」 出席停止に疑問の声
【文部科学省がいじめ対策に掲げていた「いじめた小中生の出席停止処分」は、沖縄と埼玉県以外でほぼ空文化していた】
【保護者に問題がある場合が多く(自宅謹慎は)教育面で問題がある】
【無視の場合、クラス全員を出席停止にするわけにはいかない】 
文科省児童生徒課・木岡保雅課長
「実効性がないことを言ってきたつもりはない。確かに義務教育で『(学校に)来ないで』と言うのは先生もつらいところがあるんでしょうが、周りのお子さんが困るのであれば、(出席停止処分を)使わなければならない」

別の記事でも書いたが「出席停止」は何の問題解決にもならない。「実効性がある」と主張するのであれば、実例を提示できるはずだ。出席停止処分とした後のケアをどうすればよいのか、きちんと説明・実証してほしい。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20061204i104.htm
中教審答申より厳格化、教員免許5年更新・試用3年へ
【教員免許制度の運用をより厳格化し、首相が唱える「教育現場からダメ教師を排除し、教育の質を高める」ことにつなげる狙い】

「政治現場からダメ総理大臣、ダメ大臣、ダメ政治屋を排除し、政治の質を高める」方が先だ。
学校の仕事は「授業」だけではない。生徒とはあまり関わらない事務仕事や教育法研究・発表などもある。部活動など先生は半強制労働させられている現状を知らないわけではあるまい。採用した以上、その人を育て、その資質にあった仕事を与えるのは使用者の義務だ。免許更新を短縮したり試用期間を延ばしても「いい先生」は育たない。民間で非正規雇用を増やしてきた歪みが社会問題化しているというのに、なぜ政府は失敗から学ぼうとしないのか。イギリスの失敗を真似ようとしているのも同様だ。ダメ教師の烙印を押し退職に追い込むなどの人権侵害により、自死を選ぶ人は更に増える。確実に増える。そんな「お抱え再生委員会」はいらない。
これは「読売」の記事だが、大本営発表を伝えるだけではなく、積極的に問題提起してほしい。読売の読者は賢いのでそれは読者が考える、とでも言うのだろうか。

http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&d=20061203&j=0023&k=200612030314
教育基本法改正案成立へ 与野党攻防大詰め 週明けの国会  2006/12/04 07:44
 今日付けでは他紙があまり伝えていない中、北海道新聞が国会の様子を伝えている。
教育基本法自民党案が可決されれば、報道機関とて影響を受ける。政府が言う「国を愛する心を涵養」に反する記事は書けなくなる。言論の自由の範囲が今以上に大幅に制限される。各機関に今一度、賛否の見解を訴え続けてほしいと願う。

続きを読む "教育基本法といじめ問題報道"

| | コメント (0) | トラックバック (3)

教育基本法政府案抗議活動in九州

毎日が伝えた、熊本、大分、鹿児島での抗議活動を伝える記事。
詳しくは「続き」をご覧下さい。

続きを読む "教育基本法政府案抗議活動in九州"

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年12月 4日 (月)

「免許外授業」申請ラッシュ~朝日新聞スクープ~

なんともお粗末な話ではあるが、原因は「行政の準備不足」だ。携帯電話端末の使いこなしなどは先生より生徒の方が達者だったりする。「習うより慣れろ」という言葉を文部科学省は知らないらしい。「情報」科目を作って魂入れず。私も情報科で何を学ばせようとしているのかよく知らない。例えば表計算ソフトの使い方で関数を教えるなど、運用の仕方で進学試験、就職試験に直結した授業方法もありそうなものだ。なにやら未履修にした訳がありそうだ。行政の怠慢を棚に上げて学校に「遺憾」とは責任転嫁にも程がある。反省すべきは行政であり、学校ではない。
http://www.asahi.com/life/update/1203/005.html
「免許外授業」申請ラッシュ 履修漏れ問題が契機 2006年12月03日12時48分

続きを読む "「免許外授業」申請ラッシュ~朝日新聞スクープ~"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

教育基本法議論尽きない

「予定時刻になりましたので答案用紙を回収します」と言っているのか恥民党。議論をはぐらかし、有識者たちも次々と反対声明を出している。それを「一部反対意見」と切り捨てるのか。かくなる上は民族大移動の準備を始めなければならないのか。お手盛り教育再生会議も内部分裂している。野依委員長が堂々と政府にNo.を突きつけることを微かに期待しているが。
【白石真澄(東洋大教授)「子どもと全く目を合わせない先生もいる」と不適格者を例示】問題はあるかも知れないがこの例示で「不適格」の烙印を押せるだけ貴殿はエライのか、白石センセイ。随分と驕り高き者ですな。
既に導入されている【指導力不足教員の認定】で従順ではない、しかし採用試験には合格した人を「排除」「依願退職」と称した違法懲戒免職に追い込むだけでは物足りないらしい。依願退職させられた元先生たちよ、堂々と訴えてほしい。貴殿たちには労働者としての権利もある。自分を責めないでほしい。悪いのは先生個人ではなく「しくみ」だ。個人の特性を理解できない人事担当者だ。ろくに自己啓発の機会を与えなかった行政だ。
各地でデモ・集会が行われ、自民党案反対の声が日増しに大きくなっている。
それを一番よく伝えているのが「毎日新聞」。よく取材している。
野党には反対している人々が納得できるような『対案』を至急作ってもらいたい。民主党案は話にならない。
発展への道筋が見えない反対連呼は、もう喉が枯れそうだ。

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/news/20061201k0000m010132000c.html
教育再生会議:現場管理強化の姿勢 中間報告素案で鮮明に
http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=STORY&NGID=poli&NWID=LATEST
教基法改正案で攻防ヤマ場 週内成立めぐり与野党
http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=IBR&PG=STORY&NGID=soci&NWID=2006120301000293
教基法改正案に反対デモ 東京・渋谷で若者ら
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/wadai/news/20061203ddlk46040161000c.html
教育基本法改正:改正案に反対、抗議の座り込み--県教組など6団体 /鹿児島
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/wadai/news/20061203ddlk03040123000c.html
教育基本法改正:成立目前、県内から反対次々 岩大教職員、廃案求めアピール /岩手
「続き」に各記事掲載。

続きを読む "教育基本法議論尽きない"

| | コメント (1) | トラックバック (1)

教育関連地方版の紹介~障害児教育ほか~

朝日の地方版「マイタウン」を紹介する。

http://mytown.asahi.com/chiba/news.php?k_id=12000250603160001
(1) 障害も個性ととらえる 2006年03月16日
http://mytown.asahi.com/tokyo/news.php?k_id=13000180604210001
発達障害児集団の中で 2006年04月21日
http://mytown.asahi.com/tokyo/news.php?k_id=13000180604280001
発達障害児の進路 私立中受験も選択肢 2006年04月28日
http://mytown.asahi.com/chiba/news.php?k_id=12000250604040001
(1) 共学化で人気 難関校に 2006年04月04日
http://mytown.asahi.com/saitama/news.php?k_id=11000000612010002
開智中学生の死亡 「真相究明を」両親提訴 2006年12月01日

はじめ3件が発達障害、学習障害児を私立が受け入れている事例。ヤンキーと粋がっている教育再生会議委員には是非とも現場を見てもらいたい。これらの障害を持つ子は授業中騒いだり奇声を発する事もある。障害が大人になってからわかる場合さえ珍しくない。早期発見・早期対応でその子の個性を生かせる場を一緒に探すのが社会の務めだ。

残念なことに周囲がこれらの障害に気付かずに「お客さん」化している事が多いようだ。自分の子に障害者というレッテルを貼ることに対する親の抵抗感も大きい。
下記は私学で受け入れている事例だが、今後、公立学校も学び、実践するべきではないか。東京近郊では経済的余裕と通学の便があればこれらの私学も選択指に入ろう。しかし、地方の市町村には選択の余地がない。憲法の平等権はいまだ保証されていないのだ。
衣食足らずとも国を愛せ。政治家は休んでも馬鹿を言ってはいけない。

4件目は共学化による成功例、
そして5件目は中学生の自殺。両親は【教師に相談していた「盗難」について学校は全容を解明し再発防止策をとる義務を怠った】と主張。学校は【学校生活の中から、自殺につながるような原因は見あたらない】として、法的責任はないと主張している。こどもが教師に相談するのは相当に追い詰められているからだ。「無いことの証明」は困難だが、学校がそう主張する以上、説明責任はある。ほかの生徒の証言、教師の証言を隠蔽することなく誠意を持って対応してほしい。

「続き」に記事掲載。元記事には写真も載っています。

続きを読む "教育関連地方版の紹介~障害児教育ほか~"

| | コメント (0) | トラックバック (5)

2006年12月 3日 (日)

教育基本法「改正」へ日本女性学会が緊急声明

贈る言葉:安倍そーりー大臣殿 「衣食足りて礼節を知る」

これ以上衣食を奪うと一揆が起こりますよ。追いつめられたら憲法もへったくれもなく本能的行動しか選択の余地が亡くなりますよ。それもできないほど困窮させるから大丈夫、ですか。歴史、べんきょうしてくださいね。使い捨てそーりーどの。

下記、転載します。
誤:阿部→正:安倍 です。ご参考まで。

≪参考≫
市民派議員になるための本―立候補から再選まで ASIN: 4313180311
寺町 みどり (著), 上野 千鶴子  価格: ¥ 2,520 (税込)

みどりの一期一会 より転載
http://blog.goo.ne.jp/midorinet002/e/2e0db4d667790321529c0157ea0a49f9
教育基本法「改正」に関する緊急声明/「日本女性学会」幹事会   [ジェンダー/上野千鶴子]

昨夜、[日本女性学会メールニュース No.7]が届きました。
11月16日に、自民・公明の連立与党による単独採決によって衆議院を通過した
「教育基本法」改正案に対する抗議声明です。
多くの方にこの声明を伝えたいので紹介します。
以下、転送・転載歓迎です。
-------------------------------------------------------------
      教育基本法「改正」に関する緊急声明
 11月16日、教育基本法改正案は、野党欠席という異常事態の下、自民・公明の連立与党による単独採決によって衆議院を通過し、現在、参議院での審議に入っている。教育に関わる憲法とも言われる重要な法律の改正が、十分な審議を尽くさないままに遂行されようとしていることに対して、日本女性学会はここに声明を発するものである。
 今般の教育基本法「改正」の与党案については、実に多くの個人および団体から疑問や反対意見・声明が提出されており、議論すべき点は多方面にわたっている。改正案には、日本女性学会が結成の柱とする「あらゆる形態の性差別をなくす」という観点からも、看過できない種々の問題点がふくまれている。
 まず、現行第5条「男女共学」(「男女は、互いに敬重し、協力しあわなければならないものであって、教育上男女の共学は、認められなければならない」)の削除は、教育分野における男女平等の根幹をゆるがすものである。この条項は、戦前の学校教育システムが男女別学・別学校体系により女性差別を制度化していたことへの反省に基づき、男女共学の基本を謳ったものである。現在もなお、高等教育進学率における男女間格差や、後期中等教育および高等教育での専攻分野における男女比率のアンバランスなど、就学経路上の男女平等を確立する課題は山積している

女性学研究は、そうした就学経路上の男女格差が社会的・文化的に生み出されるプロセスや、教育における男女間格差が雇用などの性差別の問題とつながっていることなどを明らかにしてきた。第5条の削除は、それらの課題解決の進展を阻むのみならず、男女特性論に基づいた公立の別学校を新たに誕生させるなど、男女をことさらに区別した教育を展開させる誘因になるのではないかと強く危惧する。
 その危惧は、現行法には存在しない「家庭教育」と「幼児期の教育」という二つの新設条項についてもあてはまる。「父母その他の保護者」の「子の教育」に関する「第一義的責任」をさだめた第10条「家庭教育」と、「幼児期の教育は、生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なものである」と謳った第11条「幼児期の教育」は、教育や福祉の分野を、国家の責務から「家庭」の責務に転換していく方向性をもつものであり、さらには「母性」や固定的な性別役割分担の強調につながる危険性がある。
 一方、改正案は、第2条「教育の目標」第3号(「正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと」)の中に、現行法には含まれていない「男女の平等」という理念を掲げている。しかし、そもそもこの第2条そのものが、国民に求められる「徳目」をさだめる性格をもち、私たちの精神的自由を侵す危険性をはらんだものである。男女平等は国民にとっての権利であり、名宛人を国家とする教育基本法においては、「教育上男女の平等は保障されなければならない」といった国家の責務をさだめる条項として位置づけられるべきである。にもかかわらず、改正案における「男女の平等」は、国民にもとめられる「徳目」として掲げられており、その位置づけには大きな疑問が残る。
 同じく第2条第5号(「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」)は、愛国心を強制するものとして幅広い抗議を巻き起こしているが、この条項については性差別の撤廃という観点からも、重大な問題がある。この条項に含まれる「伝統と文化の尊重」という文言は、近年のジェンダー・フリー・バッシングのなかでさかんに使われているフレーズであり、「伝統や文化」といった多義的でしかあり得ない概念によって定義された「教育の目標」条項が、今後政治的に利用されていく可能性は極めて高い。
 その可能性は第2条全体に対して言えることであり、この条項と、現行法第10条「教育行政」を「改正」した第16条第1項(「教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない」)とが連動することにより、「教育の目標」に沿わないと解釈された教育実践や教育運動は、「不当な支配」に相当するものとして排斥されていくだろう。現行の教育基本法第10条が、戦前の反省を踏まえて目指した

、国家権力の中枢に近いところに位置する「官僚とか一部の政党」(昭和22年3月14日衆議院・教育基本法案委員会・政府委員答弁より)によ